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久しぶりに、パリのオランジュリー美術館へ行ってきました。
広すぎす、優雅な静けさがあるオランジュリー美術館。印象派の巨匠モネの大作≪睡蓮≫に囲まれる唯一無二の美術館ですが、モネ以外にも見応え十分な作品が揃っています。
今回は、日本とフランスのモネの庭の写真を交えながらモネの世界を探求するとともに、周辺散策のようすもお届けいたします。
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チケットと予約
オンライン | 当日 | |
---|---|---|
一般 | €12,50 | €11 |
金曜日の夜 (※) | €10 | €8,50 |
※金曜日の18時から21時まで(最終入場は20時15分、展示室の退出は20時45分)
[無料
- 18歳以下
- 18-25歳のEU市民、もしくは非EU市民でEUでの長期居住者(3ヵ月以上)
- 毎月第1日曜日(Carte Blanche会員以外は要予約)
予約
昔はとても空いていて予約不要(行けばすぐに入れる状態)だったのですが、現在は予約が必要です。
今回も Klook でチケットを買い、購入後に公式サイトで予約しました。
チケット購入のページで "Free of charge reservation" を選んで予約します。費用はかかりません。
営業時間
・月・水ー日: 9 am-6 pm(最終入場 5:15 pm)
・休館日:火曜日、5月1日、7月14日午前中、12月25日
- 最新情報や詳細はこちら >>> 【公式】オランジェリー美術館(英語)
アクセス
オランジェリー美術館は、パリ市内のセーヌ川沿いにあるので、Googleマップで検索すれば、ご自身のいる位置から最適なアクセス方法を検索できます。
最寄り駅
・地下鉄 1, 8, 12号線: Concorde(コンコルド)駅
・バス 42, 45, 52, 72, 73, 84, 94:停留所 Concorde
今回は地下鉄でアクセスしました。
オランジュリー美術館は、コンコルド広場に隣接するチュイルリー公園の中に位置しています。
チュイルリー公園に入るには、コンコルド公園口やシャンゼリゼ通り口など複数の入り口がありますが、公園自体があまり大きくないので、どの入り口から入ってものんびり公園内を散歩しながら辿り着くことができると思います。
私は地下鉄「コンコルド」で降り、右手にコンコルド広場を見ながらアクセスしました。コンコルド広場を背に、セーヌ川沿いに建っている建物がオランジュリー美術館です。
Googleマップを見ながらチュイルリー公園内に入り、こちらの坂を上れば美術館はすぐです。
この辺りは美術館がかたまっており、高台からはコンコルド広場だけでなくエッフェル塔も見えました。
予約のバーコードをスタッフに示し、予約専用レーンを通って入口に進みます。
歴史
ところで、オランジュリー美術館の名前の由来は果物の「オレンジ」です。ガラスに描かれた名前を見ると”Orange”の文字が目に入りますね。
元は、ナポレオン三世がチュイルリー宮殿の庭園にあったオレンジの木を越冬させるために造った温室だったそうです。長い間オレンジの貯蔵庫として使用されていましたが、1873年以降、あらゆるイベントを行うイベント会場に変わっていったそうです。
1921年、こちらの建物は、隣接するジュー・ド・ポーム美術館と共に企画展用の国立博物館になる予定でした。同時期、モネは ≪睡蓮≫ の展示用に「自然光の差し込む明るい展示室」を探しており、モネの友人であった当時のフランス大統領がそのモネの願いに応えオランジュリー美術館が誕生することになりました。建築家カミーユ・ルヘーヴルの設計です。
オランジュリー美術館が完成したのは、モネの死後数年経った1927年。モネは完成を見ることができなかったようですが(モネの要望どうり)、完成当時はガラス張りの天井に布が覆いかけられ、そこから優しい自然光が差し込む明るい造りとなっていたそうです。
現在のオランジュリー美術館、2006年に改修を終えました。
現在は布で覆われておらず、エントランス周辺のガラス張りの天井からは、冬の暖かな日差しが館内に注ぎこんでいました。
ジヴェルニーの睡蓮
ところで、モネの ≪睡蓮≫ の世界を実際に見ながら体感できる場所がフランスの郊外にあります。
ジヴェルニー
パリの北西70km郊外、セーヌ川流域ノルマンディー地方にあるジヴェルニー.
ここは、印象派の巨匠クロード・モネが晩年を過ごし、終の棲家になった家が残されている場所です。
1883年、お世話になったパトロンの家族も合わせた大所帯でジヴェルニーに引っ越します。その中には後に妻となるアリスもいました。引っ越ししたモネがすぐにとりかかったのは、庭を自分好みに作り替えること。元々あった野菜や果実など実用的な植物を全て取り払ってしまいました。代わりに植えたのは、自らが吟味して取り寄せた色鮮やかな花々です。色の配置やモチーフなど、絵のモチーフになるような庭を作り上げたのです。
モネの庭は大きく2つに分かれていて、一つは花が咲き乱れる「ノルマンディーの農園」、もう一つは「水の庭」です。
「水の庭」は、20年もの歳月をかけて作っていったそうです。そこには睡蓮の池が造られ、葛飾北斎の絵を好んだモネは、自分の庭に日本風の太鼓橋をかけました。そして1890年代の後半、60歳間際のモネは、自分の愛した庭園を題材に数々の ≪睡蓮≫ の連作を描き出すのです。
高知県
日本の高知県にも世界で唯一「モネの庭」の冠を利用できる場所があり、ジヴェルニーのモネの庭と同じ風景が広がっています。
こちらもジヴェルニーのモネの庭同様、自然の風合いを壊さないよう、手入れされています。
ジヴェルニーと高知県の2か所の「水の庭」は本当によく似ています。
モネが意図したのは、大都市の生活に疲れた人々が睡蓮に囲まれて心安らかに瞑想できる空間。その意思を継いだ場所が日本にあるのには感動しました。
それでは、そんなモネの癒しの空間を絵画で探求していきましょう。
モネの睡蓮
水の庭の睡蓮を様々な角度から描いた ≪睡蓮≫ 、最初は食堂などに飾られる小さな作品だったのが、1914年以降より公共の場に飾られるような大きな作品となっていきます。そのきっかけとなったのが、第一次世界大戦。次男の出征などモネも戦争に巻き込まれていく中でも、モネは癒しの空間である睡蓮を描き続けました。
『多くの人々が苦しみ死んでいく中で形や色を研究するのは戸惑いを感じる』
『しかし、ふさぎ込んでいても何も変わりはしない。だから私は「大装飾画」を目指している』
ーモネの手紙より
睡蓮が咲く庭を作り上げたモネは、さらに大きな夢を抱くようになります。
それは ≪睡蓮≫ の連作です。同じ場所やテーマで、異なる天候・時間・季節を通して時の移り変わりをカンヴァスに写しとる「連作」は、現在のモネの ≪睡蓮≫ から切り離して語ることはできません。
オランジュリー美術館では、その連作を体感できる唯一無二の場所です。
ジヴェルニーにあるモネの庭同様、睡蓮の水面が観覧者を取り囲みます。
この ≪睡蓮≫ のパノラマ展示室は、2つの楕円形の大広間から形成されており、中央に楕円形のベンチが置かれています。そのベンチを囲むように、緩やかなカーブを描く壁の一面に ≪睡蓮≫ が展示されています。
オランジュリー美術館の ≪睡蓮≫ は、22枚のパネルからなる計8作の連作で、1部屋に4枚ずつ展示されています。睡蓮を通して四季が描かれており、「朝」、「緑の輝き」、「雲」、「沈む太陽」、「明るい柳の朝」、「2つの柳」、「柳の朝」、そして「木の輝き」というタイトルが付けられています。
鑑賞者と比べてみると、その大きさを感じていただけるかと思います。
生前、モネは ≪睡蓮≫ をほとんど手放すことなく、86歳、死の直前まで手を入れ続けたと言われています。最初は小さな絵画だったため、晩年の作品には水面の雲はほとんど描かれませんでした。また、初期の作品は自然に近いもの、そして晩年になるとより構図や造形的な探求が全面に押し出されるようになり、ここではその変化も見ることができました。
第一次大戦が終戦を迎えた翌日、モネはフランスのクレマンソー首相に ≪睡蓮≫ の装飾画を寄贈します。なので、≪睡蓮≫ はフランス国民に向けた平和のモニュメントと言われています。印象派の巨匠クロード・モネの ≪睡蓮≫ は、世界中の多くの美術館で見ることができます。しかしながら、フランス・ジヴェルニーのモネの庭を体感しながら鑑賞できる造りは、オランジュリー美術館だけのような気がします。
鑑賞者がモネの庭の睡蓮に囲まれたかのように感じる構成。
ほんの少しですが、感じていただけましたら幸いです。
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モネ以外の作品
さて、ゆっくり ≪睡蓮≫ を堪能した後は、地下に降りて、他の所蔵品も鑑賞していきましょう。
ピカソ
≪白い帽子の女≫
1921に描かれた ≪Femme au chapeau blanc(白い帽子の女)≫は、伝統的な新古典様式の作品で、一般的に知られているピカソの絵画とは少し違いました。
白い帽子を被ったモデルは、当時の妻オルガと想像され、柔らかな赤や青、そして白の絵の具が幸せそうな雰囲気を漂わせています。この作品を描いてから数年後には、よく知られたシュールな画風になるわけですが、オランジュリー美術館には、裸婦など穏やかな時代の作品が並んでいました。
ローランサン
≪Portrait de Mademoiselle Chanel≫
MARIE LAURENCIN (マリー・ローランサン) は、20世紀前半に活躍したフランスの画家です。
1920年代にパリで活躍した2人の女性、マリー・ローランサンとココ・シャネルはお互いを評価することはなかったそうですが、唯一の接点と言えるのがこの作品。
≪Portrait de Mademoiselle Chanel (マドモアゼル・シャネルの肖像) ≫は、、シャネルはローランサンに自らの肖像画を注文しておきながら拒み、ローランサンは加筆して画商に売り払ってしまったとか。真相はどうなのでしょうね。いろいろ興味を惹かれる作品でした。
マティス
≪Le Boudoir≫
≪Le Boudoir (女性の部屋) ≫
モネの作品以外に、優し気な印象のルノワール、セザンヌ、マティス、モディリアーニ、ピカソの作品も展示されています。
ユトリロ
≪Notre-Dame≫
セーヌ川の中洲のようなシテ島に君臨している Notre-Dame (ノートルダム大聖堂)。
Notre-Dame は、フランス語で「私たちの貴婦人」という意味で、聖母マリアに与えられた称号だそうです。ノートルダム大聖堂は1163年に着工、約180年かけて完成したそうですが、2019年4月16日に修復作業中に火災被害にあってしまいました。しかし、2024年12月7日に再開式典が行われ、翌8日から一般公開も始まりました。
一般公開には間に合いませんでしたが、オランジュリー美術館でその姿を見ることができました。ユトリロが26歳、1909年の作品です。1:1.168の黄金比で成り立つノートルダム大聖堂を真正面から描いた迫力ある作品です。
決して広くない美術館ですが、上記でご紹介した他にも、ルノワールやセザンヌなどの印象派の名作の他にもゴーギャンなど19~20世紀の名作が中心に展示されていました。
- 詳細はこちら >>> Musée de l’Orangerie
鑑賞後
オランジュリー美術館を楽しんだ後は、川沿いを散策して次の場所へ。
もう少し早ければ、黄葉の中を歩けたようです。
冬の風が冷たいパリでしたが、日差しを浴びながら歩くと少し汗ばんでしまいました。この時期の洋服の選択は難しいですね。
そいうえば2024年はパリでオリンピックが開催された年、まだPARIS 2024 が残っていました。
川の向こうに見えるのはオルセー美術館。
その向こうにはエッフェル塔、パリらしい景色ですね。
Pavillon de Flore が見えたら左に曲がります。
遠くにカルーセル凱旋門が見え、その向こうがルーブル美術館です。
時間があれば、オランジュリー美術館、オルセー美術館、そしてルーブル美術館をはしごすることもできます。しかし、お腹が空いたので、Jardin des Tuileries(チュイルリー公園)へ。
この時期のお楽しみ♪
クリスマスマーケットに行ってランチ。ソーセージを食べた後は、焼き栗を買って帰ることにしました。
ミュージアムパス
ところで、今回は単独のチケットを買ったのですが、オランジュリー美術館(一般展示物の見学)は美術館共通パスの「パリミュージアムパス」が利用できます。
パリミュージアムパスでの入場も入場券購入の長蛇の列に並ぶ必要がありませんので、大変便利です。周辺にある美術館を一日で見学する場合は特におすすめです。
ミュージアムパスについてはこちらをどうぞ。
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ただし、入場に時間はかからないといっても、見学するのにはそれなりの時間を要します。
なので、3つの美術館を周る場合は、何日かに分けて行かれることをおすすめします。
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さいごに
適度な広さで展示物が充実しているオランジュリー美術館。印象派の巨匠モネの連作 ≪睡蓮≫ をパノラマ展示室が有名ですが、その他の絵画も見応え十分でした。2006年から約4年をかけてリニューアルされた展示室には、モネやルノワール、セザンヌなどの印象派の名作の他にもピカソやマティス、ゴーギャンなど19~20世紀の名作が中心に展示されており圧巻でした。
お天気がいいときは周辺散策も楽しい立地にあるので、おすすめの場所です。
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