今回は、元客室乗務員の目線で、国内線に就航している JALのエアバスA350-900型機 についてご紹介いたします。
後半では、緊急脱出時に乗客として何ができるかを考えてみました。
※以前アップした記事の内容とタイトルを変更しました。
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A350-900
エアバスA350-900型機(以下、A350-900)は、ヨーロッパの航空機メーカー、エアバス社が手掛ける旅客機です。
全長66.8m、全幅64.75m。2024年1月現在、JALでは、ボーイング777-300に次ぐ大きさを持つ旅客機です。
2024年1月24日より、さらに大きい新型機、エアバスA350-1000を羽田=ニューヨーク線(JL006/JL005)に就航させる予定です。
初号機
ところで、飛行機には、導入された順に独自の番号(機番)が付いています。
上の写真の飛行機の機番は "JA01XJ" 、"01”なので、JALにおけるA350の初号機です。ちなみに、2号機は "JA02XJ"、3号機は "JA03XJ" と、順に数字の部分が増えていきます。
初号機は、2019年6月14日、フランスから羽田国際空港に到着して、そのほぼ3ケ月の9月1日に初フライト(福岡行きJL317便)となりました。初号機には、JALの鶴丸と「AIRBUS A350」と書かれた赤い文字が浮かんでいます。
A350-900は、この導入初号機から3号機までは、このような特別塗装機となっています。なので、A350-900の初~3号機までは、機番を見なくても、外観に書かれている「A350」の文字の色で区別することができるのです。
- 初号機:JALのシンボルカラーであり「挑戦」を表わす「レッド」
- 2号機:「革新」を表わす「シルバー」
- 3号機:地球環境に配慮し持続的な成長を目指す「エコ」の「グリーン」
最新鋭機も魅力的ですが、初号機という響きにも惹かれます。
この日の "JA01XJ" は、修学旅行生の搭乗があったので、ほぼ満席での出発でした。
4号機
4号機の JA04XJ は、特別塗装機「嵐ジェット」の6代目となりました。
機首に向かって(機体の)右側には、9年前の初代嵐ジェットに描かれた「嵐」が大きくなって再塗装されました。写真にある左側には、2019年現在の5人が描かれており、嵐の過去と現在を比較できる機体となっていました。
運行期間は2019年11月~2021年1月。任期を終え、現在の4号機の塗装は変わっています。
6号機
A350-900の6号機は、しばらくの間、特別塗装機「みんなのJAL2020ジェット」3号機となりました。
東京オリンピック塗装の金の鶴丸が話題となりましたね。
15号機
JA15X は、20022年2月17日に到着したばかりの、新しい飛行機です。
JALのA350-900で、初めてのワンワールド塗装機となりました。新しい飛行機の内部は、新車のような香りがしました。
A350-900の特徴
ところで、A350-900にはいくつかの特徴がありますが、特に目立つのは外観、燃費のよさ、そして静けさです。
まず外観に関して、ボーイングB777-200(現在は退役)と比べてみましょう。
外観
上の写真は、国内線に導入されていた、B777-200(国際線機材)、通称トリプルセブンと呼ばれていた飛行機です。
そして、こちらがA350。
見た目の大きな違いは、コックピットの窓が黒く囲まれていることと、翼の先にある「ウイングレット」が、曲線状に上に反り返るタイプとなっていることです。
窓の黒塗りは、プロ野球選手がデイゲームの際に目の下を黒く塗っているのと同じ理由で、まぶしさを軽減させるためだそうです。なので、A350-900は、ちょっとタヌキ顔のかわいい顔をしています。
タヌキ顔の上(写真の左上)に絆創膏が貼ってあるように見えるのは、コックピットの非常時の脱出口です。B777-200は、コックピットの窓が開くので、この脱出口はありません。
燃費
A350-900の燃費は、前世代機より25%も優れているそうです。
燃費が良い理由の一つとして、軽くて高い強度を持つ炭素繊維の採用があります。A350-900の場合、日本の帝人株式会社が開発した「テナックス™熱可塑性樹脂積層板(TPCL)」が採用されており、燃費改善に一役かっているそうです。
テナックス™TPCLは熱可塑性ポリマーでコートされた数枚の炭素繊維の布の層で作られた含浸硬化シートです。テナックス™カーボンファイバーと高性能ポリマーマトリックスシステムに基づいたテナックス™TPCLは優れた機械的, 化学的, 熱的特性を示します。
Teijin Carbon
このTPCLは、A350-900の構造用コネクターとしてブラケットとクリップが使用されています。従来のスチールの部品と比べて、その重さは4分の1程度になるとか。
1機当たり数千個単位で使用しているため、機体の軽量化に影響を与えており、燃費効率の改善に繋がっています。JALの試算では、国内線で1機飛ばすと年間で約2億円のコスト削減ができるそうです(2022年2月現在)。10機以上導入されていますので、かなりのコスト削減に繋がりますね。
機内の静けさ
JALのA350-900は、ファーストクラス、クラスJ、そして普通席の3つのクラスで構成されています。しかし、全てが同じ機内インテリアではなく、2024年1月現在、2種類の機内インテリアがあります。
12号機までの標準席数は369。クラスJが多めの座席配置です。
14号機と15号機は、普通席が増え、391席となっています。
これは現在運航中のJALの国内線仕様機のなかで、いちばん多くの旅客を運ぶことができる機内仕様です。
機内のインテリアは若干違いますが、共通点は、(従来の飛行機に比べて)機内の湿度が高く、さらに新開発エンジンにより機内が静かだと感じることです。
とは言っても、エンジンのそばは、やはり煩かったですが・笑。
少し離れると、その静けさを実感します。また、機材によっては操縦室からのアナウンスが映画とオーバーライドしない仕組みに変わっており、個人用画面で映画を見ていても中断されませんでした。
ファーストクラス
A350-900の機内は、ワインレッドとダークグレーの落ち着いた雰囲気です。
内装は英タンジェリン(tangerine)社が監修しており、日本の伝統美を意識したデザインとなっています。前方入り口部分にはJALの鶴丸ロゴがあり、そのすぐそばがファーストクラスです。
ファーストクラスは、2席ずつの配列となっています。濃いグレーを基調にして、ワインレッドの差し色が美しい座席。ひじ掛けの部分に、メニューカードとアルコール除菌シートがセットされていました。テンピュールのクッションも用意されています。
このテンピュールのクッションが大変気に入り、実際に買ってみました。機能は充実しており、場所も取らないので、ときどき旅行にも持って行きます。エコノミークラスに乗るとき、これを腰に当てていると結構楽に感じます。
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A350-900には個人用のモニターが全席についています。
飛行機の胴体下部、そして垂直尾翼の2か所にカメラがついており、このモニターを通して、鳥の目のようにリアルタイムで機外の映像を見ることもできます。ファーストクラスでは、その様子を国内線最大級の15.6インチモニターで楽しむことができます(もちろん映画を見ることもできます)。この日はもやがかかっていたのですが、1時の方向に富士山が見えました。垂直尾翼からの映像は、飛行機と一体となって飛び上がる感じがあり、普段とはちょっと違った風景も楽しめます。
朝食ですが、ボリュームもあります!
ファーストクラスでは、(時間帯により内容は変わりますが)食事と飲み物が提供されます。このときは朝食のサービスでしたが、朝から焼酎のロックとともに、美味しくいただきました。
クラスJ
クラスJの座席配列は、2-4-2 です。こちらの座席も、落ち着いた色合いです。
一番人気は、各客室一番前の席のようです。
足が延ばせるだけでなく、窓側の座席は、ファーストクラス同様に少し個室感覚になります。
普通席
普通席は、3-3-3の配列で、前後の幅も比較的ゆっくりしています。
一番前の席、もしくは非常口座席や(上の写真の)バルクヘッド前の座席は、足元が広くて、さらに寛げます。個人用モニターは小さくなりますが、ほぼ目の高さにあるので、疲れずに映画を見ることができました。
なお、非常口座席の個人用モニターは、ひじ掛けの下に収納されています。離陸着陸時には使用できません。
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非常口のドア
JALの場合、大型機のドア(非常口)は、通常、客室乗務員が内側から操作して開閉することはありません。
しかし、緊急脱出時には、状況を判断して担当ドアを開けなくてはなりません。その際、ドアに付いている窓から機外の状況をチェックします(通常は、この窓を通して、地上係員とのジェスチャーなどによるやり取りも行われます)。
A350-900だけでなく、エアバス社の他の飛行機も非常口の窓は、ボーイングの大型機の窓と比べると小さめです。
A350-900では、半分から下が拡大鏡のようになっていました。拡大鏡があることで、機外が見えやすくなっているのですね。
緊急脱出に乗客として何ができるか
ここからは、2024年1月のJAL516便と海上保安庁機の衝突事故を受け、緊急脱出時に乗客として何ができるか考えてみました。
通常と違う着陸となった場合、客室乗務員は、まず衝撃防止姿勢の徹底を図ります。「頭を下げて / Heads down」と叫びながら、衝撃防止姿勢を乗客に促します。
飛行機が完全に停止したら、「大丈夫落ち着いて / Stay Calm」と、乗客のパニックコントロールをします。同時に、自分の担当のドアの窓から以下の3点を確認します。
確認事項
・No fire (火災が発生していないか)
・No fuel leak (燃料漏れがないか)
・space available (スライドを広げるスペースがあるか)
原則、脱出指示が出ている場合、さらに脱出口となる飛行機のドアについている「脱出スライド」が膨張・展開できる状態になっていること(ドアモード)を確認して、ドアを開けます。
いわゆる90秒脱出の開始です。
なお、外に火災が発生している場合は、そのドアは脱出口として使えません。なので、他のドアから逃げるよう指示します。その際、間違ってドアを開けても支障がない(脱出スライドが出ない)ようにドアの操作をしたあと乗客を誘導します。また機内に煙が充満している場合は、「体を低くして、鼻と口を覆って」と指示しながら誘導します。その際、パワーメガフォン(拡声器)を利用する場合もあります。
最後に、客室責任者は運航乗務員とともに、機内に乗客が残っていないかを確認します。機内のお手洗いは、前方に1つ、クラスJに2つ(うち1つはユニバーサルデザイン)、最後方に3つあります。お手洗いに乗客が残っていないかもしっかり確認します。そして、後方の脱出口から緊急脱出時に必要な物品を持って自分も脱出します。
1年に1回、このような流れを体に叩き込む、厳しい訓練を受けます。瞬時に何をしないといけないのか繰り返し訓練したので、辞めた今でも、その流れは身に付いています(辞めても体から抜けないほど)。友人は他社(外資系)の客室乗務員でしたが、やはり緊急脱出訓練は厳しいものだったそうです。
実際に何が起こったか
上でご紹介した一連の流れは、あくまでも基本的な行動です。
訓練の場合、煙(体に害のないもの)も発生させて、火災の状況を作った中で行います。しかしながら、火災による煙を吸ったらどうなるか、機内の温度の上昇についての認識はありませんでした。今回、脱出された方のビデを見て、火災による煙は喉を指すほど(肺が痛いほど)苦しい ものだったそうです。
機内に煙が充満したときは、姿勢を低くして、できるだけ煙を吸わないようにします。さらに、ハンカチなどで鼻と口を覆います。以前は、座席のヘッドレストカバーが布で、煙が充満したときに鼻と口を抑えるのに使えましたが、今は違います。なので、飛行機に乗るときは、ハンカチなどをポケットに入れておいたほうがいいと思いました。
また、本来は、操縦室から脱出指示(アラートなど)が出されます。しかし、今回は機内の電気系統に不具合が発生して、操縦室との連絡だけでなく、客室間の連絡(インターフォンやアナウンス)などもできくなったようです。そのため、最終的には、どのドアを(安全に脱出するために)開けていいか判断するのは、ドア担当者(客室乗務員)です。客室乗務員自身も状況が分からない中で、最善の対応(安全なドアを開けて避難誘導)をしたことが、全員の命を救ったのだと考えました。
乗客として
ところで、脱出された方のビデオに乗客の方が 「荷物を取り出すな」と叫んでいた声が入っていました。このように、乗客としてできることはあると思います。
2024年1月のJAL516便と海上保安庁機の衝突事故を受け、乗客として何ができるかもう一度考えてみました。
機内の通路は狭いです。
ここに乗客が殺到してしまったら、人が折り重なってしまったら、脱出の遅れを招いてしまいます。なので、お互い声を掛け合うことも重要だと感じました。2024年1月の事例では外国人旅客もいたそうです。緊急脱出 (Emergency:エマージェンシー)の状況は理解できると思いますが、その際「Evacuate(脱出)」と声をかけてあげると、より安心かもしれません。
また、A350-900(国内線)には、ドアの数しか客室乗務員が乗務していません。つまり、8人で369人(乳幼児は含まず)の乗客を脱出させなければならないのです。なので、パニックが起こってしまうとスムーズ脱出できません。ビデオには 「大丈夫落ち着いて」との乗客の声も入っていました。非常時でも(指示がなくても)こういったアシストはできます。
また、荷物を持って脱出することはできませんが、コートなどを羽織って逃げることは必要かと思いました。何か一枚多いだけで、脱出スライドを滑るときに自分の身を守ってくれるだけでなく、飛行機から離れた後の寒さ対策にも役立ちます。そのコートのポケットに財布や身分証明書など(脱出の妨げにならないけど重要なもの)を入れておくといいかとも考えました。ただし、命が一番重要ですが。
脱出
脱出のためのスライドが出たあとは、ドアのそばに立って他の乗客の脱出を助ける役目と、滑り終わった後に乗客をできるだけ飛行機から遠ざける(風上へ)役目が必要です。
一番重要なのは、客室乗務員の指示に従うことです(流れを知っていても勝手にやってはいけません)。なお、ドアのそばに立つ場合は、以下のようなことを大きな声で言うように指示されると思います。
ポイント
・荷物を置いて (no baggage)
・ハイヒールを脱いで (no high heel shoes)
緊急脱出時に荷物を持っていると、脱出の妨げとなるだけでなく、脱出スライドに傷をつけてしまう恐れがあります。ハイヒールも同様です。今回の事故でも、乗客が荷物を持ち出そうとしたのを他の乗客が制ししたそうです。ハイヒールを履いて滑り降りと、脱出スライドが割けてしまうかもしれませんし、着地後に足を痛めてしまうかもしれません。なお、「荷物を持たない」「ハイヒールを脱ぐ」行為は、非常口座席に座っていなくてもできます。
客室乗務員の脱出訓練は、通常カバーオールと運動靴で行われいます。それほど衝撃が大きいのです。なので、脱出スライドを滑り降りるときに怪我をしないように、姿勢が大切です。
詳細
・足を肩幅に広げる
・両腕を前に出す
・体の重心を少し前にかける
・着地点を見る
滑り降りたら
次に、最初に脱出スライドを降りて、あとから滑り降りる人をアシストする役目も必要です。脱出スライドはけっこう角度が急で、滑り降りるときスピードが出ます。なので、降りてくる人を助ける役目も重要です。さらに、「遠くへ逃げて」とできるだけ飛行機から離れるよう指示します。
できるだけ飛行機から離れたら、(客室乗務員の指示により)10人ずつ座ります。これは、脱出してきた人の人数を数えやすくするためです。指示されたら、すぐに座って円を作りましょう。
今回、乗客が知っておきたいことを上手くまとめられているサイトを見つけました。さらに詳しく(図解付き)で解説されていますので、こちらも合わせてどうぞ。
さいごに
今回はJAL の A350-900についてと、非常時の緊急脱出について考えたことをまとめてみました。
今までも機内での服装(ハンカチや財布などは身につけるなど)については意識していましたが、やはり靴は動きやすいもの、(冬はもちろん)体温を保つ服装が一番だと再認識しました。今回は、状況がまったく分からないなかで、「火災が見える」と「煙の充満」といった状況判断だけで緊急脱出が行われたと考えます。状況を乗客に説明している時間はありませんでした。予告されている緊急着陸以外は、説明のアナウンスはありません。なので、乗客であっても、客室乗務員の指示に従って落ち着いて行動したいと思いました。
2024年1月のJAL516便と海上保安庁機の衝突事故において怪我をされた方にお見舞い申し上げます。また、お亡くなりになった海上保安庁の関係者の方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。